
真実を恐れない人は嘘をつく必要がない。誠実さは揺るぎのない職場関係をもたらし、それがエグゼクティヴとしての成功に結びついていきます。
企業側が誠実な姿勢を貫いていると信頼できれば、取引先も前向きな姿勢になります。
社員も、経営側が公明正大に接してくれていると感じたならば、忠誠と信頼をもって応えようとするでしょう。
消費者もその会社の製品が期待を裏切らないとわかると、その社名ブランドに対して信頼を寄せるようになります。
株主は、会社が誠実な経営を貫いていると知れば、たとえ業績不振でもすぐには株を手放そうとはしません。
今のビジネス界では、企業は誠実さを失うと、まず広告業界に駆け込み、「売るための技術」にすがり、企業の真実の姿を華やかな外見の陰に隠したまま、ひたすら市場に売り込みをかける。
最近では、広告業界側からは、あえて新しい企画を導入させようとはしないし、顧客企業のレベルアップを図ろうと真剣に考えることもありません。
経営上層部に対して、「営業」をし、ターゲット市場を「調査」します。
それでもしうまくいかなかった場合は対策を講じるが、それには社会の批判をかわして世論を静めるための「ごまかし」の手段も含まれています。
企業と広告業界とのこうした関係によるマーケティング・アプローチで問題となってくるのは、見え透いた嘘をつくことではなく、世間が気づかないように巧妙に真実を歪曲していることが多いという点です。
事業責任者はそれが自分のキャリアに有利になると考えれば、経営陣の期待に応えようとして、どんな契約でもしてしまう恐れがあります。
このようにうわべを飾ってごまかしたり、真実を誇張したりすることは、企業やその事業に取り組んでいる責任者に、多大な問題を引き起こすことになります。
極端な場合、企業は重大な決断を下す際に、スライドや体裁の良い資料だけに基づいて企画を判断するようなこともあります。
ほとんど現実味がないといってもいいような契約がその場で成立したりします。
誠実さは現実の重みに押しつぶされ、やがて期待していた結果が出ないとなると、事業責任者を告発することになります。
ビジネスにおける不誠実さはどこから始まるのだろう?実は、誰もが毎日いろんなかたちで不誠実さを生み出しているのです。
会議中、議案に賛成はしたものの、実はあまりきちんと考えていなかったりします。
退屈なプレゼンテーションに熱心に耳を傾けているかのように真剣な顔をしているが、実は一言も聞いていないこともあります。
社会的儀礼として、ある程度の嘘は必要ということです。
みんなが終始一貫して正直にふるまっていたら、社会秩序はまず成り立たない。だから私たちは真実を隠したりぼかしたりして、その場に合わせ、組織がスムーズに運営されるようにします。
しかし、「社会的に容認できる嘘」と真実との区別が曖昧になると、問題が起こってきます。
もはや何が本当で何が嘘なのかわからなくなる。そうなるとますます事実を脚色したくなって観客に受けるものを目指すようになります。
会社に認めてもらえるよう事実を違った方向から見せたりする。脚色した事実を少しずつ塗り重ねることで、本当の真実とは遠くかけ離れたところにたどり着く。
こうした不誠実さは、経営陣に「誤ったデータ」を基に決断させるだけでなく、社員同士の信頼関係をむしばんでいくことにもなります。
信頼がなければ組織を束ねていたものが壊れていきます。
組織をまとめる接着剤の役割を果たすものーそれが人間関係です。
誠実さがなければ、信頼も生まれず、結果として脆弱な人間関係しか育ちません。
この脆い人間関係が、最後には組織全体を脆くすることになるのです。
反対に、誠実さを貫くことで組織の土台が強化されます。
調和した関係が築かれるとたとえ経営上の危機を迎えても、その大変なストレスに耐えることができます。
この誠実さは必ずしも簡単で楽なものではないが、最高の可能性に満ちた企業を作り上げるのに大きな効力があります。
⭐️ “社会的に容認できる嘘”と真実を曖昧にしてはいけない。