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労働の結果は資本家のもの
労働の結果は、それを生産した労働者ではなく、資本家の所有になります。
労働者が職場に入ってから、彼の労働力の使用価値は資本家の所有になります。
資本家の観点からは、労働のプロセスはただ、彼が買った商品、つまり労働力と原材料の相互作用に過ぎないです。
まるで酵母がブドウを発酵させてワインを作るように、資本家が買った物同士の相互作用で商品は作られます。
そして、それは資本家の所有物になります。
労働力に対する報酬
市場で労働者が資本家に売るのは、労働力です。
労働とは仕事を始めてから労働力によって生み出されるものだから労働者が労働を直接売るわけではないです。
労働は実在し商品に内在する価値の尺度になりますが、それ自体は価値を持ちません。
多くの経済学者が「労働の価値」と呼ぶものは、実は「労働力の価値」です。
そして資本家たちはそこから剰余価値を創出しなければならないから、労働力の価値は、いつも労働の価値より少なければなりません。
労働力の価値と実際の労働の結果の価値の差は、まるごと資本家の所有になります。
表面的には賃金が労働の価値に見えますが実は実際の労働の価値より低い報酬を受け取っています。
そしてその事実は巧みに隠蔽されています。

時間賃金
時間賃金の単位(勤労時間の価値)は、1日の労働の価値を勤労時間で割った数値です。
労働力の1日の価値が6000円で、勤務時間が12時間ならば、1時間あたりの労働の価値は500円になります。
資本家が日給や週給という形ではなく、自分が雇いたい時間だけ労働者を雇う場合、この単位時間の労働力の価値を支払えばいいです。
この場合、資本家は労働者が自分の生活を維持するために必要な時間を雇わなくても資本家自身の剰余価値を生み出すことができます。
例えば1日12時間働く労働者が6時間を自分のために働いたとすると働く時間が減ればその分、自分のための6時間が削られていき生活を維持できなくなります。
コンビニエンスストアやファーストフードチェーンのパートタイマーは、勤労時間を基準として賃金をもらいます。
一見それは労働力に対する報酬ではなく労働の量に対する報酬だから正当な額だと考えがちですがその賃金は資本家が一定の剰余価値を十分に得るように策定されています。
そして時間賃金の方式では、雇用する時間を資本家の意のままに決定することができます。これでは労働者が不安定な雇用環境に置かれたり、完全な失業状態になる危険があります。
反面、このような不完全な雇用は資本家の立場からは、自由に労働者を利用することができるいい制度になります。
そして失業者が多ければ、必要な労働力を安値で雇用することができるから資本家はそんな状況を望みます。
被雇用者階級と資本家階級の利害はこのように正反対の関係にあります。一方の利益になることが、もう一方にとっては不利益になります。

出来高賃金
出来高制は、「労働者が生産した商品の価値を、そこに含まれる労働時間で測る」のでなく「労働時間を彼が生産した商品の数で測る」方法です。
時間賃金では労働の量は働いた時間で測定されるが出来高賃金では生産した商品の量で測定します。
労働者が1日12時間労働するとき、そのうち6時間は自分の賃金に対する労働で、3時間は不変資本(原材料と機械の費用)に対する労働ならば、残りの3時間が剰余労働です。
例えば、労働者が24個の商品を生産するのに一般的に12時間かかるとして、それが出来高制で測定されると、12個の生産は自分のために働くことになり、6個は不変資本に対するもので、残りの6個は剰余価値に当たります。
どうせ労働時間の価値は、「1日の労働の価値=1日の労働力」という等式により決まります。だから、出来高賃金はただ時間賃金の変化した形態にすぎません。
資本家の目的は、被雇用者が働いて作り出した剰余価値を自分のものとして資本を増大させていくことです。
こうするためには支払いの方法を問わず実際の労働より少ない価値の賃金を労働者に支払わなければなりません。
一見、仕事の成果に比例する賃金に思える出来高制も社会的に必要な労働の価値を考慮し、資本家が剰余価値を残すことができるように策定されているので労働者にとって有利なわけではありません。
無給労働による資本の蓄積
資本家にとって労働者が過去にした無給の労働は、無給労働をさらに増大させる効果があります。
資本家は資本を蓄積すればするほど、さらに大規模な蓄積が可能となります。
資本家と労働者の間に続く交換関係は等価交換が基本になる流通の過程と表面上は似ているが、本質はまったく違う取引です。
一見、資本家と労働者の間で等価交換が続いているようですが、その実は資本家が過去の労働者の生み出した富を蓄積させ、さらに大きな規模の労働と交換し続けています。
資本は「過去の労働の結果」です。 過去の労働が実体化されたものが現在の資本です。
つまり過去の労働は過去に自分が搾取されただけでは終わらず、将来、もっと多くの人が搾取される手伝いをしていることになります。
自分の努力が自分を搾取する武器になる皮肉は資本主義システム下の労働が持つ矛盾です。

所有と労働の分離
財産の所有は元は自分の労働に基づいていました。
しかし今は、資本家が無給労働とその結果を利用する権利を持つため、労働者は自分の生産の結果を所有することはなくなりました。
財産と労働の分離は、両者の本質から由来する不可欠な結果です。
所有と労働の分離は資本主義の掟です。
これは労働者にとって不平等に感じられるかもしれないが、それこそ資本主義を発達させる原動力でもあります。
なぜなら、多くの資本を活用できる人は多くの人の労働を活用し偉業を成し遂げることができるからです。
